アイスが割れた日 * 6/18 |
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最後のひと口を落とし掛けて、僕は慌ててそれを舌の先に受け止めた。溶け垂れた青い雫が肘まで滴って、僕のジーンズにぽつんと染みになった。
「なあ、アイス食うか?」
突然のように、買い出しのついでのように訊いた僕に、友人はおうむ返しで訊き返す。
「アイス?」
僕は念を押す。
「アイス。」
「アイス?」
「アイス。」
いいな、と友人は言って、僕ははやる心を抑えながら保冷ケースに近づいてアイスを選び始める。
この町のスーパーは地元より大きく、昔よく食べていたアイスももちろん揃えてあったけど、実家を出てからはこの手のものを買うことはほとんどなくなっていた。寮の冷凍庫からバケツのような大きさのアイス(自分の名前が書いてある)を出して掘り進むのがあまり好きではないせいもある。ここではこれはどうせ自分で全部食べるのだからとスプーンを直に突っ込んでいるのを女の先輩に見られた時、からかうようなその視線に、僕に女の子っぽい名前をつけた父を恨んだものだ。
実家でいつも食べていたチョコチップ入りのバニラアイスをカゴに入れ、何の気なしに隣のケースに目をやると、やはり昔よく食べていた水色の氷菓子を見つけた。ひとつ取り出して友人に見せる。ふたりが会ってまだ日が浅いころ、このシャーベットって都庁みたいだと言ったら友人はすこし考えてから、ああ、と笑ったのを覚えている。
「帰り道で溶けるよ。」
「食いながら帰ればいいだろ。」
ぶっきら棒で行儀の悪い答えに苦笑する友人と会計を済ませて、僕らはスーパーを出る。袋を破ってアイスを割り、ひとつを友人に渡す。
こういうことをしなくなったのはいつ頃からだろうか。小学生も高学年になると男女間では多少ぎこちなくなり始めるものだし、女性同士でも中学生くらいからは周りの目が気になるらしい。
後輩とアイス(コカコーラの瓶のような形のものだった)を分け合ったら女生徒たちの間でしばらく噂になったことを思い出す。女子力なんて言葉はまだない頃だったが、僕には男子力のようなものはあったようだ。
「サークルの連中に、週末は友達を部屋に泊めて自分は原稿を書き友達のほうはゲームで夜を明かしていると言ったら呆れられたよ。どっちからも襲わないのかって。」
どっちが襲う側だと思ってるんだろうな、と困ったように笑う友人はなぜかすこし恥ずかしそうにも見える。僕は小さい頃から背が高く、髪はショートで、胸もなかった。それは友人もそうだったらしい。
並んで歩きながら、誰かがこれを見たら今も男っ気のないふたりが買い食いしてるように見えるんだろうかと思う。アイスはかじられる間にもどんどん溶けていき、ふたりの手や指を汚す。それを舐めながら僕は棒に残った最後のひとかけらを急いで、焼き鳥でもかじるようにむしり取る。
「こんなだからふたりともモテないのかな。」
「これでも女子校ではモテた方なんだけど。お前はネットゲームで男と間違えられたって言ってたよな。」
「ネットの一人称はボクかオレくらいでちょうどいいんだよ。」
「お前、普段からそうだろ。」
「普段からひとのことをお前とか言う女の子に言われたくない。」
そう答えた僕はアイスの棒をくわえて一歩前に出る。ひと月前よりずいぶん短くなった影と影が、一瞬重なる。
買い物へ出るよう水を向けたのは僕で、アイスに名前を書かずに友人の部屋の冷凍庫に入れておきたくなったのも僕だ。そしておまけのように見つけたシャーベットに、小さく願を掛けて割ると、きれいにふたつになった。
うまく割れても割れなくても、友人の利き手に近い側の手にあるほうを渡すことは買う前から決めていたし、実際そうした。友人は僕がアイスをうまく割れるかどうか気にしていただろうか。どちらを渡すか気にしていただろうか。
緩んだアイスの最後のひと口をごくんと飲み終えた友人は、肘まで伝った青い滴を気にしながら、僕の真似をして棒をくわえ、僕の真似をして一歩前に出る。ふたりが並ぶと、影はまた離れる。
部屋に帰ったら友人はまた原稿の続きに取りかかるのだろう。やれ入稿だとか早割だとか、この時期ならではらしい単語がたびたび出てくる。僕のくわえたアイスの棒はすっかり温くなっているけれど、舌はまだ青く冷えていて、すこしだけ痺れたままだ。
セミはまだ鳴かない。でももう、帰り道にアイスの溶ける夏が始まっていた。
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ボクっ娘どうしのまだ淡い百合に無理やり変換するという暴挙。
投稿者 zig5z7 | 返信 (0) | トラックバック (0)