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結局、生きるのって身体に悪いな、と思った。

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だから、生きてると、みんな、死ぬでしょう。


なんか論理が回ってしまっているのに深いこと言ったつもりになる。いつものことだ。


気のおけない飲み会でふと話が切れた時などに、グラスを見つめながらおもむろに訥々とこういうのを語り出すと、場が一瞬「…?」となって変な間ができてよい。

そのうち、人生とは◯◯のようなものだゲームになったり、その辺の箸置きとかと差し向かいで説教垂れたりしだす(箸置きに、です)。


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Re: 結局、生きるのって身体に悪いな、と思った。

さりながら、死ぬのはいつも他人ばかり

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思い詰めると頭が働かなくなる例。メメント大盛りカッコ悪い。


『我人、生くる方が好きなり。多分好きの方に理が附くべし。』(葉隠)

武士道といふは、死ぬ事と見つけたり。とはいっても基本生きている方が好きだし、だから生きることに理由を見つける。思考が\死にたい/になっているときは、死にたい理由をつらつらと脳内反芻して、死にたい自分の整合性を図る。生きるのにも死ぬのにもいちいち理由を考える。めんどくさい。


誰もが好きで生まれて来るわけでは無いんですから、本来生きることにも死ぬことにも理由は要らない気がするんですよね。第三者(親)の都合で生まれさせられたように、生きることも死ぬことも、自分以外の誰かの手の内だと思えばいい。たぶん何となく生かされたり、何となく死に追いやられたりするのさ。自分がどう考えるかなんて、結果として『生きていたり』『死んじゃったり』する上で、あまり重要では無いということだ。


でもこの考えは『カッコ良くない』『まったく琴線に触れない』という理由で、誰も採用しようとはしないのです。みんなはもっと『あんまり考えないことの素晴らしさ』を理解すべきだと思う。[フォローする]←ポチれ


・・・あ、酒が切れたんでとってきますね。

posted by sbifb4 | reply (2)

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